ゆるゆるてくてくこつこつ

インドア母の 中学受験の反省とゆるゆる進んで行く日々の記録です(参考にはなりません・・・)

「死ぬかと思った」こと

お題「これまで生きてきて「死ぬかと思った」瞬間はありますか?身体的なものでも精神的なものでも」

 

実際に死にそうになったかじゃなくて「死ぬかと思った」ですよね

こつこは「死ぬかと思った」ことがありますが、大概どこかから落ちた時です。


最初は小学校4年生の時

近くの図書館の、煉瓦づくりのおしゃれな塀に登って歩いてたら反対側に落っこちて、痛みにしばらく立ち上がれませんでした。

「あ、絶対どっか骨折れてる・・・死んでる・・・。」

と思った記憶がありますが、しばらくしたら息ができるようになり、そろそろと体を起こしたところ、ねん挫したくらいで済んだことがわかりました。青あざだらけだったけど親に知られると面倒なのでしばらく隠してました。

なんでか子供って高い所に登りませんか?そんなことないかな。

 

 

仕事で寄った永田町からの帰り

地下鉄に乗るために溜池山王駅に降りようとして階段から踊り場まで転がり落ちたことがあります。その時「受け身を取らなくっちゃ!」とは思ったんですが柔道をやってたわけでもないので、もちろんなすすべもなく下まで落ちました。

この時もしばらく立ち上がれず、人も通らず、動くこともできず。

「今死んだらこうなっちゃう・・・☟」

と、思いつつ立ち上がれませんでした。でもこの時も青あざで済みました。

あとは、HONDAのバイクにあこがれて教習所に通っていた時

バイクでカーブを曲がろうとしたんですが、そのままガードレールにぶつかったんです。で、バイクはそのままに、体だけ反動で吹っ飛ばされてガードレールの向こうに落ちちゃったんですね。運悪くガードレールの向こうは1.5mくらい地面が下がっていたんです。

この時はほんとに死んだと思いました。

「体が絶対30㎝くらい縮んでる・・・。」と思って確かめたかったんですけど痛くてピクリとも動けず。結局ねん挫と青あざで済みました。が、バイクも1台壊してしまうし、1か月ほど教習を休むよう言われました。

しかしほんと、ヘルメットって大切ですね。ありがとうヘルメット。

このことがあってから見知らぬライダーが車などに近づくのを見ると非常に気になります。

 

 

「死ぬかと思った」ではないけれど「死ぬかと思うほど怖かった」こと

それは息子がアナフィラキシーショックを起こしたとき

小さい頃、あるアレルゲン(以前ブロブに載せたものではありません)の経口治療を始めるため、最初に量を確認するため入院しました。

脈拍・血圧を測る機械を取り付けて、ベッドの上で一定時間をおきながら爪の先ほどのアレルゲンを食べさせたのですが、何回目かに突然吐いて倒れ、警告音?が鳴ったんです。

すぐに数人の先生と看護師さんが駆けつけて処置をしてくださり、落ち着いたのですが本当に怖かった。治療を続けるべきかすごく悩みました。

でも小さい頃は母が気を付けて除去すればいいけれど、小学生中学生になって母の知らないところで口にしてしまったらと思うと続けるしかありませんでした。


しばらくアレルギー薬と念のためのエピペンを手放せませんでしたが、おかげさまで小学校卒業と同時に治療も卒業できました。

 

自己流はだめですよ!

ただですね、たまに自己流経口治療を子供にしている親御さんがいるらしいんですよね。実はこつこの大学時代の友達もだったんですけど。

絶対やめましょう!経口治療はお医者さんと!なんかあってからじゃ遅いです!
今回はこれが言いたかったのね。